当院の人工膝関節置換術を支える二つのテクノロジー
今回2022年12月よりロボット支援手術システムを導入し、適応症例に手術を開始しましたがこれを機に当科で従来行なってきたPSI(患者適合型手術支援ガイド)使用の手術も含め今後当科の人工膝関節置換術を支える二つのテクノロジーについて解説しようと思います。
いずれのテクノロジーもより正確な手術を行えるよう術者を支援し、しいては人工関節の耐久性を高めたり、より自然な歩行を獲得する目的で採用されています。
はじめに
膝関節を傷めると
日頃から私たちは、立ったり、座ったり、歩いたり、走ったりして、意識することなく膝関節を使っています。
日常生活において膝関節はとても重要ですが、歩くときには人間の体重の約2倍、階段の上り下りでは約4倍の体重を支えています。
毎日大きな負荷にさらされている箇所ですから、長い間には知らず知らずのうちに傷んでしまうこともあり、変形性膝関節症や関節リウマチなどによって膝関節全体が変形に至る場合があります。
膝関節を傷めてしまうと歩行時に苦痛を伴うことはもちろん、変形により膝の曲げ伸ばしの角度が減少したり、極端なO脚になったりして下半身は安定せず日常生活に大きな支障をきたしてしまいます。これらの治療に大きく役立つのが人工膝関節です。
人工膝関節とは
歯が悪ければ歯に金属をかぶせるように、膝関節の軟骨や骨が磨耗してしまい極端な変形となり、当院で行なっている関節温存手術で対応できない場合にある種の金属と高分子ポリエチレンでできた人工関節で関節表面を置換することにより、傷んだ膝関節に代わって患者さんの身体を支えてくれることで痛みを軽減したり長い距離を機嫌よく歩ける膝をもう一度手に入れようというのが人工膝関節置換術の目指すところです。ただし人工関節は万能ではありません。
自動車と同じ工業製品ですから、耐久性の問題があります。
一般に対応年数は15〜20年と言われており、日本人は世界で一番長寿ですから概ね65〜85歳の方が手術を受けられています。
術後跳んだり走ったりなどの膝に過大な負荷がかかる動作は苦手で、無理をし続けると耐久性が著しく短くなってしまう可能性があります。
また関節は元々免疫力が及びにくい場所で、さらに人工関節は金属や高分子ポリエチレンでできているため。免疫力が及びにくくばい菌に弱い場所にばい菌に弱い物を入れる手術になるため人工関節置換術はばい菌にめっぽう弱い側面があります。
当院ではバイオクリーンルームで手術を行っており術直後の感染はほとんどありませんが、術後何年か経ってから起こる遅発性感染も含めると日本全国の統計で手術全体の約1〜2%の間でばい菌にやられるリスクがあるとされています。
一度人工関節がばい菌にやられると過半数の人は人工関節を抜去せざるを得なくなり治療は難渋を極めることになる場合があります。
とはいえ、人工関節置換によってもたらされるメリットは多大です。
痛みが軽減し、快適な生活が送れるようになります。
0脚やX脚などの高度な変形が改善されます。
旅行に行けるようになったり、命尽きるギリギリまで自分の脚で好きなところへ行ける、健康寿命を延ばすことに繋がり寝たきりになってしまう可能性を軽減することができます。
一度入れると一生使わなくてはなりませんから、術者の技術や経験が問われますが、歩行能力をより向上させたり安定した結果を得るために当科ではロボット支援手術システムとPSI(患者適合型手術支援ガイド)を採用しています。
Smith&Nephew社製の人工膝関節手術支援システムCORI
ロボット支援手術システムについて
●ナビゲーションシステム+ロボット機能●
人工膝関節用ロボット支援手術システムとは、従来より使用されている人工膝関節用ナビゲーションシステムの技術に、計画通り骨を削ることができるように医師をサポートする機能が加えられたものを指します。
「ロボット」というと、一般的には人工知能を搭載したコンピューターが手術を計画・実行するシステムを連想されるかも知れませんが、 ロボット支援手術システムはあくまでも手術を正確かつ安全に実施できるよう医師を支援するためのシステムです。
これは健康保険が適用されています。
●赤外線を用いた位置測定システム●
ロボット支援手術システムを使用した手術では、赤外線を発するカメラや赤外線を反射するマーカーを取り付けた器具を用います。手術中は赤外線カメラが常に器具の位置や患者さんの骨、膝の動きを認識します。
カーナビに例えると、赤外線カメラが人工衛星の役割を担い、赤外線反射マーカーの取り付けられた器具(自動車)の位置がどこにあるかをコンピューター画面に表示します。
●ロボットで制御されたドリルバー●
ロボット支援手術システム専用ドリルバー(ロボティックドリルバー)で骨を削る際には、ドリルバーの位置や削る部分がどこにあるかがコンピューター画面に表示され、 医師を視覚的に誘導する機能があります。
また、バーの回転数と刃先の位置をシステムが制御しており、あらかじめ計画されている削る位置からドリルバーが外れるとバーの回転を止めたり、バーを筒状のスリーブに格納したりし、削りすぎることを防ぎます。
ロボット支援のメリットは?
●患者さん一人ひとりに合わせた手術計画●
ロボット支援手術システムは、患者さん一人ひとり異なる骨のかたちや膝まわりの靭帯の状態を数値化し、コンピューター画面に表示することができます。
これにより、患者さんの膝に合わせた手術計画を立てることができ、手術後の膝の動きがより改善すると期待されています。
●正確で安全な手術●
医師がドリルバーで骨を削る際、ロボット支援手術システムはコンピューター画面に削る部分を表示したり、 計画された部分のみが削れるようドリルバーを制御します。
これにより正確なインプラント設置が期待でき、人工膝関節インプラントがより長持ちすると期待されています。
ロボット支援の限界
ロボットが認識するための赤外線マーカーを設置するのに大腿骨・脛骨に2本ずつピンを挿入する必要があり、手術創を大きめに切開したり、手術創とは別に余分に切開する必要があります。
まれですが骨が非常に脆弱だと転倒した際にピンの穴の部分で骨折する可能性がありま す。
ロボットの支援がいくら正確でもロボットに指示を出すのはあくまで術者であり、骨の基準となる点が誤っていると誤った方向に設置される可能性があり、ロボットが自動で勝手に手術してくれるわけではないので、熟練した医師が使用して初めて有効なデバイスとなります。
人工関節の設置精度は骨の切削以外に固定方法や骨質など他に誤差が生じる要素があり、術者の経験や技量が問われます。
股関節の動きで脚の軸を推測しているので変形性股関節などで股関節の動きが悪い場合は使用しづらい側面があります。
MicroPort社製PROPHECYシステムを使用したPSI(患者適合型手術支援ガイド)人工膝関節置換術
オーダーメイド(PSI)人工膝関節置換術とは
患者様のCTに基づく三次元画像データから患者様個々の膝関節の形状にあったオーダーメイドの手術器械(Patient Spesific Instrument)を作成し、それを用いて人工膝関節の手術をおこなう方法です。
これにより正確に人工関節を設置できるようになります。
術前撮影したCT画像に基づく三次元画像データから専用の3Dプリンターを用いて製作した個々の患者様専用の設計による特注の「Patient Spesific Instrument」と呼ばれる手術器械ガイドを用いて手術する方法で、これは健康保険が適用されています。
●患者様それぞれに合わせた術前手術計画及び手術用ガイドの作成●
手術前にオーダーメイドのナイロン製の人工関節用手術機械を3Dプリンターで作成します。
まず当院で3D-CT撮影後、データは海外の術前計画センターに送られそこで術者の指示のもと、専門のエンジニアによる手術計画が作成されます。
この手術計画は骨の切除量や切除方向、人工関節のサイズなど手術中に参考となるあらゆるデータが提示されています。
その術前計画を医師が確認し、問題がなければオーダーメイドの手術機械はアメリカの工場で作成されます。
手術機械はCT撮影後三週間で完成品が当院に運ばれます。
この機械を患者様それぞれの骨にあてがうとジグソーパズルのようにぴったりとフィットし、手術を正確に行うことができるのです。
オーダーメイド(PSI)人工膝関節置換術のメリットは?
個人個人の骨形状に合わせて手術計画ができます。
手術計画通りに骨切りを行うことができます。
正確に人工関節を設置することにより人工膝関節インプラントがより長持ちすると期待されています。
手術侵襲が少ないため合併症のリスクが減ります。
ナビゲーションやロボットのようにマーカーを設置する必要がないので手術創が小さくなります。
より正確で安全な人工関節の設置が身体への負担が少ない手術で行うことができます。
CTデータをベースとするため変形性股関節症や骨折のあとの変形などが合併していても手術を行うことができます。
オーダーメイド(PSI)人工膝関節置換術の限界
オーダーメイドの手術機械でフィッティングは良好なのですが、稀にパズルの合いが悪かったり経験のない術者が無理な方向へフィットさせると誤差が生じる可能性があります。
ロボット支援手術のように骨切除後に切除方向をデジタルに計測することはできずアナログな方法での検証になります。
軟部組織のバランスは術者の経験に依存します。
最後に
以上の二つのテクノロジーを患者様個々の状態で選択し、支援を得ながら当院では質の高い人工膝関節置換術に取り組んでいます。
人生100年時代と言われ従来の人工関節の耐久性20年では不足するかもしれません。
質の高い手術を行うことでより長い期間の耐久性や違和感のない膝を目指していますが手術を行うだけでなく、術後の定期検診も欠かせません。
当院で手術された方は基本、患者様の命が尽きるまで定期検診を自院で行う方針で取り組んでいます。
当院での手術希望される場合は、まずは近所の整形外科を受診されてご自身の膝がどのような状態か診断を受けた上で必要なら当院へ紹介していただいてください。